熊本地方裁判所 昭和27年(ワ)413号 判決 1959年9月22日
原告 田村カヲリ
被告 選定当事者 亡田村俊介承継人 田村弘子
主文
訴外亡田村義実のなした昭和二十三年八月十四日付自筆証書による遺言は無効なることを確認する。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。
一、被告の被承継人田村俊介は同人宛の昭和二十三年八月十四日付訴外亡田村義実の自筆証書による遺言書があると称して熊本家庭裁判所八代支部にその検認を申請し、同裁判所において昭和二十四年五月九日原告等利害関係人立会の下に右俊介提出の遺言書の検認がなされたが、右遺言書は俊介に対し遺言者所有の財産の全部を贈与することを内容とするもので、便箋三葉からなり第一葉と第二葉とは一体をなし遺言の年月日及び遺言者の署名捺印があるが、第三葉は頭初「追記」としてあり遺言者の署名捺印はしてあるが年月日の記載はない。
二、然しがら右遺言は亡義実の真意に出たものでないから無効である、すなわち、訴外義実は当時病気静養のため八代市植柳町の訴外門永方にいたが、些細なことから原告と口論し原告が使にいつている留守中俊介等は門永宅に侵入して義実を門永宅の外垣を破つて同家から一、二町離れている俊介宅に連れて行き右義実の病気をおもんばかつて迎えに行つた原告を入れなかつたことがあつたが、その時義実は実印を身につけていたので本件遺言書に押捺したものと思われるが、右は俊介等の脅迫と、義実が原告との夫婦喧嘩のためとりのぼせた結果なされたもので義実の真意にもとずくものでない。
このことは義実は病中で歩行が困難であつたので単独で外出したことなく、俊介だけでなく他人に対する郵便の発送も原告又は訴外西村京子によつてなされていたことからみても明らかであり、遺言の内容からみても一四人の子供の内財産的維持の能力ある者を養子として入籍云々」とあり、遺言書作成日付の昭和二十三年八月十四日より前の同年五月二十一日には俊介の長女たる被告が養子として入籍しているから養子云々のことを書く必要はなく、更に義実は俊介に財産管理の能力のないことを知つており義実死亡数日前には朝鮮からの引揚者である俊介に財産を分配してはとの注意に対し、俊介はすでに分家の時財産は分与してある上財産を俊介に与えてもすぐ消費するから財産を分与することなく五万円か十万円を与えるように言い残しておるのみならず、義実死亡一日前には訴外河野乙吉の仲介で養子を迎えて親子の縁組をなしている次第であるから、義実には俊介に財産を遺贈する意思のないことは明らかである。
三、仮に右の事実がなかつたとしたならば、俊介と義実の筆蹟が酷似しているところから俊介が義実の字をまねて右遺言書を偽造したものと考えられるから右遺言書は無効である。
四、仮に然らずとしても本件遺言書には「末尾の不動産小生死後直に移転の登記をなすか又同人の小児の内財産的維持の能力あるものを養子として入籍するかに決せられ度」とあり、右は遺贈の意思表示を選択的になしたものと解せられるところ、遺贈の意思表示は特定してなさるべく、選択的になされた本件遺言は無効であり、又遺贈の意思表示は受遺者を特定してなさるべく受遺者の特定なく受遺者の選択を第三者に一任した本件遺言は無効というべきである。
五、よつて本件遺言書の無効確認を求めるため本訴に及んだ次第である。
立証として甲第一号証を提出し、乙第一、二号証第十二、十三号証の成立を認め、甲第五号証の二は印鑑証明中官署作成部分のみ成立を認めその余の部分及びその他の乙号各証の成立を不知と述べた。
被告は原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として次のとおり述べた。
原告主張事実中被告の被承継人俊介が亡義実の自筆証書遺言につき熊本家庭裁判所八代支部でその検認の手続を了したこと、右遺言書の内容及び形式が原告主張のごとくであること、右義実が俊介の長女たる被告との間に養子縁組をなしたとの点は認めるが、その余の事実はすべて否認する。
立証として乙第一ないし第四号証第五号証の一、二第六ないし第十一号証の各一、二第十二、十三号証を提出、甲第一号証の成立を認めた。
理由
被告の被承継人たる俊介が亡田村義実の自筆証書遺言につき熊本家庭裁判所八代支部に検認の申請をなしその手続を了したことは当事者間に争のないところである。
原告は右遺言は遺言者たる亡義実の真意に基かないもので無効であると主張するが、本件遺言書が原告主張のごとき情況の下で作成されたことにつき原告はなんら立証せず、その他に原告主張のごとき事実を認めるに足る証拠は全くないから右遺言が亡義実の真意に基かないものとは認めがたく、原告の右主張は採用の限りでない。
次に原告は右遺言書は俊介の偽造にかかるものであるから無効であると主張するが、この点についても原告はなんら立証せずその他にこれを認むべき証拠がないから原告の右主張も失当というべきである。
更に原告は右遺言はその内容よりみて遺贈の意思表示を選択的になしたものと解せられ、選択的になされた本件遺言は無効であると主張するから、以下この点について考察する。
本件遺言の内容が俊介に対し「末尾の不動産小生死後直ちに移転の登記をなすか、又四人の小児の内財産的維持の熊力あるものを養子として入籍するかに決せられ度」と記載されていることは被告の争わないところである。右遺言の趣旨は俊介に対する右不動産の遺贈と俊介の四人の子の内一人を養子として入籍するかを俊介に一任したものと解せられるところ、凡そ遺言は特定してなさるべきであり相手方の選択に一任するがごときは遺言としての効力なきものといねばならない。けだしこれを許すときは実質上遺言の代理を是認すると同一に帰するからである。従つて選択的になされた本件遺言は無効というべきである。
尤も昭和二十二年法第二二二号による民法改正(昭和二十三年一月一日より施行)により遺言養子の制度は廃止されているので、右養子として入籍云々の部分は無効というべく、その部分を除外した俊介に対する遺贈のみが有効なるかの観があるが、およそ遺言はその文字のみに拘泥することなくその趣旨の存するところを探求し遺言者の意思に副うよう解すべきであるから養子入籍云々というのを自己の財産を相続させようとの意思と考え、これを遺贈として取扱つた上受遺者の範囲を俊介及びその子四人としその選択を俊介に一任したものと解するのが相当であり、その選択の具体的標準が遺言によつて定められておれば有効と解する余地もあるが、本件遺言書における如き財産的維持の能力ある者との標準は具体性を欠き而も俊介自らと同人の四児の内財産的維持の能力ある者とのいずれにするやは依然として俊介自体にその選択を一任されている形となるからいずれにしても本件遺言は受遺者の特定を欠き無効といわざるを得ない。
よつてこれが無効確認を求める原告の本訴請求は正当として認容すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 黒木美朝)
被告選定者目録
熊本県球磨郡湯前町上染田 亡田村俊介承継人
田村喜寿
右同所 右同
田村義俊
右同所 右同
田村弘俊
右弘俊未成年につき親権者
田村喜寿
同県同郡多良木町大字久米二千五百三十五番地の一
亡田村俊介承継人
志水領子